《真珠の耳飾りの少女》を解説|真珠・背景・視線の科学調査

フェルメール《真珠の耳飾りの少女》は誰なのか。肖像画ではなくトローニーとされる理由、真珠の描き方、消えた緑のカーテン、制作中の変更を所蔵館の科学調査から解説します。

Art4編集部読了 11分
ヨハネス・フェルメールの絵画『真珠の耳飾りの少女』
ヨハネス・フェルメール《真珠の耳飾りの少女》、1665年頃、マウリッツハイス美術館

《真珠の耳飾りの少女》の魅力は、細密描写の多さではなく、省略の精度にあります。真珠には輪郭も吊り金具もなく、二つの白い反射で表されています。鼻と頬の境は溶け、見る側の目が形を補います。近年の科学調査は、その簡潔な表面の下に、緑のカーテン、まつ毛、制作中の修正があることを明らかにしました。

《真珠の耳飾りの少女》の基本情報

真珠の耳飾りの少女の基本情報
項目内容
作者ヨハネス・フェルメール
制作1665年頃
技法油彩・カンヴァス
寸法44.5 × 39 cm
所蔵マウリッツハイス美術館(デン・ハーグ)
形式特定人物の肖像ではなく、人物の型や表情を描くトローニー

作品はフェルメールの故郷デルフトではなく、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館に所蔵されています。少女の名前、依頼主、制作の直接的な記録は見つかっていません。

「北のモナ・リザ」という呼び名や、小説・映画で与えられた物語は後世のものです。作品を理解するときは、魅力的な物語と、17世紀の作品形式・科学調査で確認された事実を分けて考えます。

少女は誰なのか——肖像画ではなくトローニー

マウリッツハイスは、この絵を特定人物の肖像ではなく「トローニー」と説明しています。17世紀オランダのトローニーは、依頼人の顔と身分を記録する肖像画ではなく、表情、年齢、衣装、人物の型を試す独立した作品でした。

異国風の頭巾、大きすぎる真珠、暗い背景は、日常の服装を正確に記録するというより、色と光の対照を作っています。実在の少女がモデルとして座った可能性はあります。しかし、誰だったか、フェルメールの娘だったかを決める証拠はありません。

個人を特定できないことは、作品の欠点ではありません。過去の一人を記録する肖像ではないからこそ、振り向いた瞬間だけが残り、見る人は関係の前後を想像します。

真珠は、ほとんど二つの白い筆触でできている

耳飾りを近くで見ると、真珠を囲む線がありません。上部の小さな明るい反射と、下部の柔らかな白い反射があり、その間は背景と周囲の色が形を補います。耳から下がる金具も描かれていません。

科学調査では、白い反射部分の絵具が周囲より厚いことが確認されました。フェルメールは球体の輪郭をすべては描かず、光が当たる二か所だけを選びます。見る側はその間をつなぎ、大きな真珠として認識します。

実物の真珠か、ガラスなどの模造品か、想像上の装身具かは確定していません。材質を当てることより、描かれていない部分がどれほど多いかを見ることのほうが大切です。

現在の黒い背景には、緑のカーテンがあった

肉眼では少女が無地の黒い空間に浮かぶように見えます。2018年から2020年の国際調査では、右上へ伸びる斜線と色の変化が検出され、背景はもともと折り目のある緑色のカーテンだったことがわかりました。

緑の絵具に含まれる成分が、数世紀の物理・化学変化で暗くなり、模様が見えなくなっています。つまり、現在の「完全な黒」をフェルメールが最終的に意図したと決めることはできません。

背景が暗くなった結果、顔、頭巾、真珠とのコントラストは以前より強く見えます。私たちが知る作品の印象には、制作時の選択だけでなく、材料の経年変化も含まれています。

科学調査で見えた、制作中の修正

真珠の耳飾りの少女の科学調査でわかったこと
対象調査結果
背景現在は黒く見えるが、もとは濃緑のカーテン。斜めの折り目も検出された
目肉眼では見えにくい細いまつ毛が、両目の周囲に描かれていた
真珠透明・不透明の白い絵具による反射。耳から吊るす金具は描かれていない
下描き褐色と黒の広い筆触で構成し、細部を決める前に明暗を作った
修正耳、頭巾の上端、首の後ろの位置を制作中に動かした

フェルメールは、完成形を細い輪郭で最初から写し取ったのではありません。褐色と黒の広い筆触で下層を作り、背景、肌、衣服、頭巾、真珠の順に進めました。

耳、頭巾の上、首の後ろを途中で動かした跡からは、振り向く姿勢の輪郭を画面上で調整していたことがわかります。完成画の自然さは、迷いがなかった結果ではなく、不要な形を消し、位置を修正した結果です。

まつ毛についても発見がありました。「描かれていない」と長く思われていましたが、微細な茶色の毛が検出されました。背景の変色でコントラストが失われ、肉眼では見えにくくなっています。

なぜ視線を外しにくいのか

少女の右目、左目、口、真珠は、小さな明るい点として暗い画面に配置されています。視線は目から口へ下がり、真珠へ移り、頭巾の青と黄を通って顔へ戻ります。

マウリッツハイスが2024年に公表した神経科学調査では、参加者の視線が目、口、真珠の間を循環する「持続的注意ループ」が報告されました。ただし、これは作品の価値を脳科学だけで証明するものではありません。少人数の研究結果を、すべての鑑賞者に同じ反応が起こる法則のように扱わないよう、気をつける必要もあります。

絵の作りとしては、硬い輪郭を避ける省略が視線を止めます。鼻と頬の境、口角、真珠の下端が決め切られていないため、見る側は形を補い続けます。

《真珠の耳飾りの少女》を見る順番

  1. 目、口、真珠の順に明るい点を辿る
  2. 鼻と頬の境界を探し、線がどこで消えるかを見る
  3. 真珠の輪郭と吊り金具がないことを確認する
  4. 青い頭巾の明部と暗部を比べ、折り目を想像する
  5. 背景の右上に、消えたカーテンの斜線があったと考えて見直す
  6. 最後に、肖像画ではなく表情と衣装を試すトローニーとして距離を取り直す

作品名や画家名を読む前に観察する基本は、知識なしで作品を深く見る5分間の鑑賞法でも練習できます。材料調査と伝承を分けて読む別の例として、クリムト《接吻》の金色とモデルをめぐる解説もあります。

参考資料・調査報告

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