セザンヌ《りんごの籠》を解説|テーブルはなぜずれて見えるのか
セザンヌ《りんごの籠》のつながらないテーブルの縁、傾いた籠、果物の色を画像から見ていきます。所蔵館の解説を手がかりに、不安定な配置でも画面がどっしり見える理由を考えます。

りんごが転がり落ちそうなのに、なぜか落ちない。セザンヌの《りんごの籠》は、そんな眺めです。籠も瓶も少し傾き、テーブルの縁は左右でつながりません。それでも一枚の絵としては、妙にどっしりしています。どこが不安定で、どこが支えているのか。まずは白い布の両側を見てみましょう。
白い布の両側で、テーブルの縁がずれている
《りんごの籠》は、ポール・セザンヌが1893年頃に描いた油彩画です。シカゴ美術館が所蔵し、画面の寸法は縦65センチ、横80センチ。フランス語の題名は La Corbeille de pommes、英語では The Basket of Apples と呼ばれます。
左側のテーブルの縁を、白い布に隠れるところまで追ってください。次に右側、布から現れる縁を探します。一本の線として頭の中で結ぼうとすると、高さも向きも、うまく合いません。
布を取り去った姿を想像すると、いっそう不思議です。どんな形の天板なら、この二つの縁がつながるのでしょう。画面の中心を大きな白い布が覆っているため、ずれに気づく前は、一つのテーブルとして自然に受け取ってしまいます。
シカゴ美術館も、このずれた天板を作品の特徴に挙げています。小さな描き間違いを見つけた、というだけでは終わらないところです。テーブルを整えたら、りんごや布の見える量まで変わりそうだ、と考えてみると、画面全体の組み立てが気になり始めます。
傾く籠の隣に、暗い瓶が立っている
左の籠は、こちらに中身を見せるように大きく傾いています。りんごは籠の内側にも外側にもあって、赤、黄、緑の丸い形が手前の布へ続きます。籠の向きだけを見ると、中身が今にも転がり出しそうです。
そこで、隣の瓶に目を移してみます。ほとんど黒に近い色で、画面の上へ長く伸びています。瓶も完全な垂直には見えませんが、丸い果物の集まりの横に一本の長い形が立つことで、視線がいったん止まります。
右側の皿には、細長い焼き菓子が積まれています。シカゴ美術館はこれをラング・ド・シャと説明しています。上の二つは斜めに立ち、その下では横長の形が重なっています。左の籠と同じく、こちらも少し危なっかしい置き方です。
籠から果物、瓶、皿へと目を動かすと、大きな形の置かれ方を追えます。左に丸く広がる量があり、中央に縦の線があり、右に小さな積み重ねがある。物の傾きは揃わなくても、画面のどこか一方だけに重さが偏っている感じはしません。そこを「どっしりしている」と感じるかどうか、少し離れて確かめてみてください。
赤いりんごの中に、緑や黄色を探す
画面左下、白い布の上にある大きなりんごを見てみましょう。上の方は赤く、中央には黄みが差し、下側や縁には緑が混じっています。輪郭を線で囲んで中を赤く塗っただけの形とは、ずいぶん違います。
その隣の小さなりんごへ移ると、今度は緑の占める面積が大きい。同じ果物でも、色の置かれ方は一個ずつ異なります。籠の中、布の上、右端と見ていくうちに、赤い色が繰り返し現れては途切れます。
メトロポリタン美術館は、セザンヌが色調を少しずつ変えた筆触によって物の量感を組み立てた、と説明しています。その見方を借りて、明るい面から暗い面へ色がどう変わるかを追うと、丸みをどこで感じるのか確かめられます。
白い布にも、青緑、灰色、薄い桃色が見つかります。折れ目は深い線になり、明るい面は広く開いています。果物の丸い形に対して、布は角のある面をいくつも作る。色だけでなく、丸みと折れ目の違いが、りんごを立体的に見せているようにも感じられます。
拡大すると、筆の跡は思ったより粗く残っています。そこで画像を少し小さくしてみると、ばらばらだった色が一つのりんごへまとまる。その変化を眺めるだけでも、静物画の前で過ごす時間ができます。
りんごと布なら、物語を知らなくても見始められる
静物画には、食べ物、器、花など、動かない物が描かれます。この作品にも、りんご、籠、瓶、皿、布という、名前のわかる物が並んでいます。登場人物や神話の筋を調べなくても、何が置かれているかはすぐに話せます。
そのぶん、「何を描いたか」がわかった後に、まだ見るものがあるのか、と戸惑うかもしれません。そこでテーブルのずれが役に立ちます。一度気づくと、籠をもっとまっすぐ置いたらどうか、瓶がなかったらどうか、と配置を考える余地が生まれます。
たとえば、手や紙で画像の瓶だけを隠してみてください。左の籠と右の皿の間が、急に離れたように見えるでしょうか。それとも、果物の流れが続いて見えるでしょうか。これは画家の意図を証明する実験ではありません。自分の目が、その細長い形をどれほど頼りにしていたかを確かめる方法です。
りんごだけを拡大すると、布の折れ目も、皿も、ずれた縁も視界から消えます。詳しく見るための拡大と、配置を感じるための全体像。その両方を残しておくと、この絵の面白さを拾いやすくなります。
一つの視点に揃えない絵として見てみる
遠近法の説明でよく扱われるのは、一つの位置から眺めた空間を、平面にどう写すかという問題です。その基準でこの絵を見ると、左右の天板や皿、瓶の向きに食い違いがあります。
メトロポリタン美術館のセザンヌ解説では、一点透視図法に従うことより、画面内の物同士の関係が優先される、と述べられています。《りんごの籠》でも、この説明を手がかりにできます。籠の中身、皿の上面、瓶の側面が、それぞれよく見える位置にある、と捉えてみるのです。
ただし、「セザンヌが制作中に何センチずつ移動した」という具体的な行動まで、この画面から復元することはできません。複数の視点という言い方は見え方を考える助けになりますが、制作の様子をそのまま伝えるものではありません。
セザンヌは一般にポスト印象派に位置づけられ、色で形を組み立てる試みは、後のキュビスムの画家たちにも影響を与えました。その美術史上の位置を知りたい場合は、印象派とポスト印象派の違いで、モネやゴッホと比べられます。
でも、この絵の前では、後世への影響まで一度に考えなくても大丈夫です。瓶は傾いているのに重そうだ、布は白いのに何色もある。そんな小さな食い違いを見ている時間も、十分に面白いものです。
家にあるカップを、二つの高さから眺める
食卓にカップがあれば、座ったまま見てから、少し立ち上がって眺めてみてください。側面がよく見える位置と、飲み口の内側がよく見える位置は違います。日常では何気なく行き来している視点です。
そのあと《りんごの籠》へ戻り、瓶と皿を交互に見ます。一枚の画像の中に、側面の見やすい物と、上からのぞき込みやすい物が同居しています。自分で高さを変えてみると、その組み合わせの不思議さが少し身近になるかもしれません。
見る場所に迷ったら、まずテーブルの縁を左右に一往復。それから、気になったりんごを一個選ぶ。それだけで始められます。絵画の見方を紹介した記事にも、一枚の前で立ち止まるための手がかりを用意しています。
参考資料・掲載画像
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