ムンク《叫び》を解説|叫んでいるのは人物ではなく自然なのか

エドヴァルド・ムンク《叫び》の赤い空、橋、二人の友人、中央人物の意味を本人の日記から解説。複数の版、画面の鉛筆書き、人物が叫んでいるという誤解も整理します。

Art4編集部読了 10分
エドヴァルド・ムンクの絵画『叫び』
エドヴァルド・ムンク《叫び》、1893年、ノルウェー国立美術館

《叫び》の中央の人物は口を開けているので、「本人が叫ぶ絵」に見えます。しかしムンクの日記には、散歩中に空が血のように赤くなり、自分が「自然を貫く大きな叫び」を感じたとあります。人物の手は耳を塞ぐようにも見えます。声を出す人なのか、世界から来る叫びを受ける人なのか、その曖昧さが作品の中心です。

ムンク《叫び》の基本情報

ムンク《叫び》の基本情報
項目内容
作者エドヴァルド・ムンク
制作1893年
技法テンペラ、クレヨン・下塗りをしていない厚紙
寸法91 × 73.5 cm
所蔵ノルウェー国立美術館(オスロ)
位置づけムンクの連作構想「生命のフリーズ」の一主題

広く知られる1893年の版は、油彩・カンヴァスではありません。下塗りをしていない厚紙にテンペラとクレヨンで描かれています。支持体と顔料が光に弱いため、ノルウェー国立美術館は照明を暗くして展示しています。

ムンクは愛、病、不安、死を扱う作品群を「生命のフリーズ」として構想しました。《叫び》は、一度きりの感情を記録しただけの作品ではありません。ムンクは同じ主題を、文章、素描、絵画、版画で繰り返しました。

叫んでいるのは人物か、自然か

1892年1月22日付の日記で、ムンクは二人の友人と道を歩いた体験を書きました。日が沈み、空が血のように赤くなり、友人たちが歩き続けるなか、自分は不安に震え、「自然を貫く大きな、終わりのない叫び」を感じたという内容です。

画面の人物は口を開け、両手を頭に当てています。叫ぶ身振りにも、耳を塞ぐ身振りにも見えます。MUNCHも、人物が能動的に叫んでいるのか、叫びに反射的に反応しているのか、一つに決められないと説明しています。

題名を「人物が叫ぶ」という動作の説明として読むより、人物・空・海岸線が同じ波形に変形し、叫びが風景全体を通り抜ける絵として見るほうが、日記と画面の両方に合います。

空と人物の曲線を、橋の直線が切り分ける

空、フィヨルド、中央の人物は、すべてうねる曲線でつながっています。頭の楕円、頬、肩、両手は、背後の赤い雲と青黒い水の曲線を縮小して繰り返します。人物は風景から切り離されず、周囲の波に取り込まれているように見えます。

それに対し、橋の欄干と床板は画面左下から右上奥へ、硬い対角線を作ります。遠くの二人も直立し、直線の道を歩き続けます。中央の人物と自然が曲線で共鳴する一方、友人たちは直線の秩序に属しているように見えます。

MUNCHは、同じ状況に対する二つの異なる反応と、意思疎通のなさを指摘しています。友人たちは振り返らず、中央の人物が受けた体験を共有しません。遠近法は奥行きを作るだけでなく、心理的な距離も広げています。

血のように赤い空は、実景か心理か

日記に赤い空の記述があるため、夕焼けの観察が出発点だったことは確かです。場所はオスロ・フィヨルドを望むエーケベルグ付近と考えられています。

火山噴火後の大気現象、真珠母雲など、赤い空の気象学的な原因を探る説もあります。しかし、日付や雲の種類を特定できる資料はありません。ムンクが描いたのは気象図ではなく、夕焼けが不安の体験に変わった画面です。

赤い帯は遠近法に従って小さくならず、画面上部を押さえます。青黒い水とぶつかり、中央の人物の肌色を挟みます。原因を一つに決めるより、赤が画面でどれほど広く、どの曲線と結びつくかを見ると、心理的な圧力を具体的に説明できます。

《叫び》は何点あるのか——彩色4点と版画

MUNCHによると、ムンクは彩色された《叫び》を4点制作しました。テンペラの絵画が2点、クレヨンとパステルの描画が2点です。さらに1895年、同じ主題をリトグラフにし、約30部が刷られたと推定されています。

ムンク《叫び》の主な彩色版と版画
年技法所蔵特徴
1893テンペラとクレヨンノルウェー国立美術館最初の彩色版と考えられる
1893多色クレヨンMUNCH描画版
1895パステル個人蔵額に「叫び」の文章が付された版
1910年頃テンペラと油彩MUNCHムンクが手元に置くため制作したと考えられる版
1895リトグラフ複数所蔵白黒の版画。約30部が刷られたと推定

「《叫び》は4枚」という答えは、彩色された独立作品を数えたものです。版画の刷り、下絵、習作まで含めると数は増えます。何を一作と数えるかを明示しないと、4点、8点、数十点という異なる説明が生まれます。

MUNCHでは、所蔵する絵画、描画、版画を光から守るため交代で展示しています。訪問時に必ず同じ版が見られるとは限りません。

「狂人にしか描けない」という鉛筆書きは、ムンク本人のもの

1893年版の左上には、ノルウェー語で「狂った人間にしか描けなかった」という意味の、薄い鉛筆書きがあります。これが鑑賞者による落書きなのか、ムンク本人の書き込みなのかは、長く議論されてきました。

ノルウェー国立美術館とMUNCHは、赤外線撮影と筆跡分析を行い、2020年にムンク本人の字だとする結論を公表しました。同時代に作品を「狂人の絵」と批判されたことに反応し、後から書き加えたと考えられています。

この書き込みは、制作時に付けた題名や説明ではありません。批評を受けた作者が、すでにある画面に自分をめぐる言葉を重ねた痕跡です。作品の意味を「狂気」に固定する鍵としてではなく、ムンクが社会からどう見られたかを示す資料として扱います。

《叫び》を見る順番

  1. 中央の人物の口ではなく、両手が耳を覆う位置を見る
  2. 頭の輪郭から空とフィヨルドの曲線へ線をつなぐ
  3. 橋の欄干を奥へ辿り、二人の友人との距離を測る
  4. 赤、青黒、黄土の三つの色域がどこで衝突するか見る
  5. 左上の鉛筆書きが、画面のどれほど目立たない位置にあるか確認する
  6. 題名を「この人物の叫び」から「自然を貫く叫び」へ置き換えて見直す

実景を観察しつつ、感情を伝えるために組み替えた点は、ゴッホ《星月夜》の実景と想像をめぐる解説とも比較できます。抽象画ではありませんが、線と色が対象の形を変え、感情を直接伝える点では後の表現主義へつながります。抽象画を色・線・形から見る方法の手順も応用できます。

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