ルノワール《雨傘》はなぜ左右で違う?二つの画風と描き直しの跡
ルノワール《雨傘》の左の女性と右の母子で、輪郭や服の描き方が違う理由を解説。約4年を隔てた制作、二種類の青い顔料、衣服の形を、ナショナル・ギャラリーの技術調査と画像から見ていきます。

左の女性の服は輪郭がくっきりしているのに、右の母子の服はふわりとにじんで見えます。ルノワールの《雨傘》は、一枚の中で塗り方が揃っていません。大勢が行き交う一瞬のように見えるこの絵には、数年を隔てた二段階の仕事が残っています。
《雨傘》の左右が違うのは、約4年を隔てて描き進められたため
ルノワールは《雨傘》を二段階で制作し、後の段階で左側の人物を、輪郭のはっきりした描き方へ変えました。 ナショナル・ギャラリーは、二つの段階におよそ4年の隔たりがあると説明しています。右側にはやわらかな筆触が、左側には形を明確にする描き方が見られます。
細かい年代を覚える前に、まず左の籠を持つ女性と、右寄りで子どもの方へ顔を傾ける女性を見比べてみてください。同じ青系の服でも、肩や袖の境目の見え方が違います。
街を歩く人は同じ瞬間にそこへ集まったように見えますが、画家の仕事は一度で終わっていません。絵が表す時間と、それを描くのにかかった時間が違います。その差が、左右を眺める面白さにつながります。
左の肩から袖へ、右の襟から胸元へ
左の女性の肩を見てみましょう。茶色い背景と灰青色の服の間に、たどりやすい境目があります。そこから袖へ下ると、布のしわが長い線や細い明暗になっています。服の形から腕の位置をつかみやすいところです。
腰のあたりには、短い上着の裾が重なっています。さらにスカートへ目を下ろすと、まっすぐ落ちる部分と、手で持ち上げられた部分で布の向きが変わっています。灰色や青の面が、折れ曲がった布としてまとまります。
次に、右の女性の胸元へ移ります。青の中に明るい点や緑がかった筆跡が入り、襟や飾りの境目は左側ほど一続きの線になりません。細部を一つずつ追うより、少し離れて見ると服の光沢や飾りが浮かんでくるように感じられます。
右端の少女の帽子も見てください。淡い桃色、黄、白が細かく重なり、縁には輪郭の曖昧な部分があります。それに対して左の女性の顔は、背景との境が比較的読み取りやすくなっています。服で気づいた違いを、帽子や顔でも探せます。
どちらが上手かを決める必要はありません。形がつかみやすい描き方と、光が揺れるように感じられる描き方で、それぞれ目がどこに止まるかを試してみてください。
描き直しは、青い絵具の違いからも確かめられている
左右で印象が違うという観察を、物質的な証拠とつないでいるのが所蔵館の技術調査です。2012年の論文は、絵具の断面やX線画像をもとに二段階の制作を確認し、赤外線画像などで描き直しの過程をさらに検討しています。
手がかりの一つは、青い顔料です。初期の段階ではコバルトブルーが使われ、後の段階では合成ウルトラマリンに変わっています。見た目には同じ青系の画面でも、絵具を調べると制作の違いを追えるのです。
ただし、画面上の青を見て「ここは必ずコバルトブルー」と判定できるわけではありません。画像は光や色の関係を眺めるために使い、顔料の種類は分析結果で確かめます。
この違いを知ってから傘の集まりに目を戻すと、「青い傘がたくさんある」という印象の先へ進めます。明るい面と暗い面、骨に沿う線、縁に残る筆跡。材料の名前を覚えたことで、かえって目に見える違いを丁寧に探したくなるかもしれません。
二つの画風を、傘の曲線が一枚につないでいる
人物の左右の違いから、上半分へ目を上げてみます。開いた傘が何層にも重なり、青い曲線が画面を横切っています。どの傘が誰のものかを追おうとすると、柄が途中で隠れたり、別の傘の下へ潜ったりします。
その重なりが、人混みの密度を感じさせます。手前の顔はよく見えるのに、奥の人は帽子や頬の一部しか見えません。目を動かすたびに、さっき見落としていた人物が傘の隙間から現れます。
下半分にも、丸い形があります。左の女性が腕に掛けた大きな籠と、右下の少女が持つ輪です。傘の弧、籠の縁、遊び道具の輪のように、用途の違う物に似た曲線を探していくと、左と右を何度も行き来できます。
少女と左の女性は、どちらもこちらに顔を向けています。二人を交互に見てから、間にある小さな空間へ目を落としてみてください。人で埋まった場面にも、地面が見える細い通り道があります。画面の中へ入るならどこを通るか、と想像すると、混雑の描き方を身近に感じられます。
ここで挙げた曲線のつながりや通り道は、画像から確かめるための見方です。ルノワールがここに書いたとおりにすべてを計画した、と断定するものではありません。
《雨傘》の制作年と所蔵を確かめる
作者はピエール=オーギュスト・ルノワールです。英題は The Umbrellas、フランス語では Les Parapluies です。所蔵館の基本情報では、制作年を1881–1886年頃としています。油彩・カンヴァスで、縦180.3 × 横114.9センチの縦長の作品です。
二段階の時期には「頃」という幅があります。作品全体の年代と、途中の制作段階についての推定を混同せずに読むと、資料による表記の違いを理解しやすくなります。
作品番号はNG3268です。ナショナル・ギャラリーのサー・ヒュー・レーン遺贈作品で、ダブリンのヒュー・レーン・ギャラリーとの協定のもとで扱われています。実物を見に行く場合は、公式作品ページから現在の展示先を確認してください。
もう一枚の人混みで、光の描き方を比べる
最初に見た左の肩と、右の女性の胸元へ戻ります。今度は「違う」と気づくだけでなく、どこでは輪郭を追え、どこでは筆跡を見ていたかを言葉にしてみてください。それが、この一枚の中で見つけた画風の違いです。
同じルノワールの人混みなら、《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》の解説で、人物の服に落ちる光を眺められます。雨の街という主題で比べるなら、カイユボットの《パリの通り、雨》があります。傘の間隔や道の広さに注目すると、《雨傘》の混み合い方がいっそうはっきりします。
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